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かたりばvol.15『5年連続で車エビが全滅した苦しい時期を乗り越えて今があります。 車エビの産地・維和島で今日も笑顔で仕事に励む丸山水産の4代目 丸山恭徳さん』 

2025/12/3

かたりば

かたりばvol.15『5年連続で車エビが全滅した苦しい時期を乗り越えて今があります。 車エビの産地・維和島で今日も笑顔で仕事に励む丸山水産の4代目 丸山恭徳さん』 

取材🎤文章💻撮影📸:太田弘樹(一部写真はご提供いただきました)

上天草市の特産品でもある車エビ。丸山水産がある維和島は養殖が盛んで産地として有名です。

〇車エビ養殖発祥の地として有名な維和島で、創業およそ110年を誇る丸山水産。

天草四郎の生誕地と言われている上天草市大矢野町にある維和島は、車エビの養殖発祥の地としても有名です。その歴史は古く、今から120年以上前の明治38年、全国に先駆けて天然の車エビを畜養という形で養殖し始めたのがここ維和島だと言われています。以来、車エビの養殖はこの地域の主産業の一つとして花開き、親から子へ子から孫へとその想いと共に代々受け継がれています。今回ご紹介する丸山水産の創業は大正初期。4代目となる丸山恭徳さんはテレビの仕事で何度かお世話になっている方で、ユーモア溢れる笑顔が素敵な印象でしたが、お話を伺うとその人生は実に波乱万丈だったようです。

創業は大正初期。およそ110年以上の歴史を持つ丸山水産。恭徳さんは4代目です。

干満の差が大きくミネラル分豊富な海に囲まれた維和島は車エビの養殖に適しているそうです。

〇8月豪雨や赤潮の影響を受けた養殖業者も。なんとか出荷サイズへと成長した喜び。

そもそも車エビ養殖が盛んな地域となったのは、この維和島の恵まれた環境にあると言います。

「干満の差が大きくて潮に動きがあるので水がキレイだというのもありますし、栄養分が豊富なこの海が車エビの養殖にピッタリなんです。何よりも先人たちが培ってきたノウハウがあるからこそ美味しいエビが育つんです。」

そう話す丸山さんですが、今年の8月豪雨では山の水がたくさん流れ込んで生け簀から溢れ出したり、赤潮が発生した影響から死滅したエビもかなりいたそうで、被害を被った同業者も少なくないと言います。

「自然が相手ですからね。毎年台風の時期は冷や冷やしています。でもそんな中、なんとか今年も出荷サイズへと成長してくれてひと安心と言ったところです。」

インタビューに答えながらも素早く丁寧に作業に励む丸山さん。11度で冷やして動きが鈍くなった状態の車エビをおがくずの中でキレイに並べていきます。1箱あたり1分もかかりません。12月のお歳暮シーズンともなると10人くらいでこの出荷作業にあたるそうで、これからがまさに決戦の時期だそう。

「20万尾ほどの車エビを12月いっぱいで売り切ってしまう感じなんです。なんせこの一か月間で年間の7割くらいの売り上げになるので(笑)うちにとっては負けられない戦いですね⁉今年もいよいよです。」

11度で冷やして動きが鈍くなった状態の車エビをおがくずの中へ素早く丁寧に並べていきす。

8月豪雨や赤潮の影響で死滅したエビも多数。自然には抗えない。

〇5年連続で全滅した時期も。諦めなかったのは、丸山水産4代目という誇りと意地。

5人兄弟の末っ子長男坊だった恭徳さんは、小さい頃から出荷作業のお手伝いも頑張っていたそうです。大学は静岡の東海大学で海洋学部を専攻され、卒業後は丸山家の跡取りとして家業に就かれました。両親から車エビ養殖について学ぶ日々。そんな養殖業者として歩き始めた恭徳さんに試練が訪れます。渡り鳥によって運ばれる車エビにとって天敵のウイルス。感染したら1週間で死んでしまうという恐ろしさです。

「私が30歳の時かな。生け簀でウイルスがまん延して車エビが全滅しました。ほんとあっという間でした。あとに残ったのは餌代の請求書だけ。もうお手上げ状態ですよ。しばらくはなんにも考えられませんでした。」

しかもこの状態が5年間も続いたと言います。結婚して子供も生まれ、「よし。これから!」という時でした。

「なんとかせないかんと思って、エビの養殖をしながら他の仕事もしました。パチンコ店に勤務したり警備会社で働いたり。私には守りたい家族がいたのでほんと歯を食いしばって頑張りました。5年続くとは思いもしませんでしたけどね(笑)やっとこのエビの仕事だけで食べていけるようになったのは40歳になってからです。」

10年もの長い間、車エビの養殖をしながら、並行して他の仕事をやり続けたという丸山さん。

「エビを辞めるという選択肢が頭を全くよぎらなかった訳ではないんですが、丸山家の4代目という誇りと意地ですかね。私の代で絶対に潰さないという強い想いで必死に頑張りました。もう無我夢中でしたね。」

気がつけばかつては30軒以上あった維和島の車エビ養殖場も今は6軒ほどとなってしまったそうです。辛く大変な中でも諦めなかったのは代々続く4代目、さらにはこの維和島の産業である車エビの養殖業を後世に伝えていきたいという使命感や責任感がより強く丸山さんの中にあったからなのでしょうね!?

5年連続で全滅したことも。他の仕事しながら歯を食いしばって乗り越えた30代。

かつては30軒以上あった維和島の車エビ養殖場も今は6軒ほどとなってしまったそうです。

「他の仕事をしながら大変な時期ではあったんですが、そこでの経験が役に立っているんです。外の仕事で学んだ当時はまだ珍しかったパソコン業務に強くなったからこそ、今から20年前にどこよりも早くネット販売を始めることができました。今、車エビを取り巻く環境は厳しく、供給過多で値崩れをおこしている状況なんです。そんな中、いち早くネットスーパーとのつながりを強めたことによって現在も安定的に販売をすることが出来ているんです。ほんと人生何が役に立つかわからないし、無駄な事なんて一つもないんだなぁって思います。」

車エビの急速冷凍技術もいち早く導入したという丸山さん。これまでのやり方は大事にしながらも常に新たな手法を取り入れながら養殖業者として進化し、その事業基盤を強固にしたからこそ今があるのですね⁉

東京で単身で慣れない営業活動へ。ネット通販に活路を見出した50代。

急速冷凍エビもいち早く取り入れた丸山水産。長期保存が可能で画期的でした。

焼くと旨味が増す車エビ。この赤い色合いもめでたい感じです。

〇「息子から孫へと代々つながっていく丸山水産」が私の夢なんです。

今では息子さんも養殖業者としての道を歩み始めた丸山水産。今後についてお尋ねすると、

「5代目へバトンタッチするための基盤は出来たので、次はもうちょっと頑張って6代目の孫へと繋げられる様にしたいですね⁉じいちゃんスゴいって言われる様にしておきたいです。でもまだ生まれてもないんですが(笑)。仕事を引退したら、やっぱり大好きな釣り三昧の日々を送りたいですね。もうちょっと先のことにはなりそうですが!」

最後までらしさ全開な4代目・丸山恭徳さん。これからも維和島に花開いた車エビ養殖の伝統を守りつつ、新たな挑戦を続ける丸山水産の歩みに今後も期待しています(^^♪

最後に丸山水産の車エビは、HPからやお電話などで購入することできます。そして12月3日からは期間限定で直売所も開設しています。場所は、ベスト電器大矢野店の道向かいになります。車エビの販売は年内いっぱいということですが、なくなり次第終了となりますのでお早めに~🦐

詳しい情報は丸山水産のこちらのホームページから👇

丸山水産 | 熊本県上天草 純国産の車海老

丸山水産の直売所の場所はこちら👇期間限定の営業となっています。

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