荒木健太郎さん『人生は思い通りにいかないから面白い。空き地でのバスケ、一本の映画との出会い、そして舞台役者としての道—天草が生んだ俳優・荒木健太郎さんの軌跡』かたりば vol.36

取材🎤文章💻:太田弘樹(写真はご提供いただきました)

ミュージカル『刀剣乱舞』 ~阿津賀志山異聞~ ©NITRO PLUS・EXNOA LLC/ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会
〇潮風の町からスポットライトの先へ。天草が育てた表現者「アラケン」
上天草市松島町。大小さまざまな島々が浮かび、潮風が心地よく吹き抜けるこの町で、一人の役者が生まれました。荒木健太郎さん、43歳。愛称は「アラケン」。映画『ゴッドファーザー』のアル・パチーノの演技を見て衝撃を受けた青年は、やがて舞台の上で人の心を動かす表現者へと歩み出します。若くして看板俳優として頭角を現し、これまで立ってきた舞台は実に120本以上にのぼります。代表作であるミュージカル『刀剣乱舞』の源義経役やアニメ化・漫画化もされた舞台『錆色のアーマ』鶴首役をはじめ、シェイクスピアなどの海外戯曲劇から時代劇まで、数々の舞台で確かな存在感を放ってきました。山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』への出演、アニメ『新テニスの王子様』での声優、さらには松平健さん主演舞台『暴れん坊将軍』でのお庭番役、マツケンサンバ隊としての舞台・テレビ出演など、その活動はますます広がりを見せています。今回のかたりばでは、故郷・天草の記憶を胸に、舞台を中心に走り続ける俳優・荒木健太郎さんにお話を伺いました。

舞台『錆色のアーマ』 © 『錆色のアーマ』プロジェクト
〇叶わなかったバスケの夢が、俳優への扉を開いた
『太田さんのこと、昔からテレビでよく見ていました。しかも太田さんの結婚式の写真、実はうちの親が撮影したみたいですよ。これも何かのご縁ですね⁉』
写真店を営んでいたご両親のもと、4人兄弟の末っ子として生まれた荒木健太郎さん。取材の冒頭から、なんとも不思議なご縁が明かされました(笑)。そんな荒木さんが小学生の頃から強く憧れていたスポーツがバスケットボールでした。しかし当時、進学した中学校にはバスケ部がありません。ならば自分たちで場所をつくろうと、近くの空き地にコートを構え、ひとり黙々とバスケの練習に明け暮れます。高校では念願かなってバスケ部に入部。ところが、ある部員の不祥事により部はすぐに廃部となってしまいます。それでも諦めきれなかった部員たちは、全員で丸刈りになり、毎日掃除を続け、バスケへの思いを学校に伝え続けました。その熱意が実り、部活動として再び認められることになります。しかし、ようやく掴みかけた舞台を前に、高校3年の春、インターハイ直前の交通事故で鎖骨を骨折。荒木さんは、結局一度も公式戦のコートに立つことができませんでした。

バスケやってた時代の写真(一番右側・高校生)
『やりたいことはやっておくべきだと考えるようになりましたね。それが今の役者へとつながっていると思います』
バスケットボールで味わった悔しさは、荒木さんの中に深く刻まれました。思い描いた通りには進まなかった青春。しかしその経験こそが、のちに「やりたいことに飛び込む」勇気となり、役者の道へと背中を押す原動力になっていきます。ちなみに高校時代には、そのルックスからタウン誌の読者モデルとしてスカウトされ、紙面を飾ったこともありました。臆することなく、目の前に現れたものへ飛び込んでいく荒木さん。高校卒業後は、憧れを抱いていた東京の大学へと進学します。

熊本のタウン誌「NO」掲載写真(17歳時)
『東京って何かをやり遂げたいと強く思う人達が集まるところなんですよね。私がそうであったように。でも一時期やりたいこと自体を見失ってしまって。ただただ一人映画を観続けるだけの毎日が続いていたんです。』
出口の見えない日々。そんな荒木さんを気遣ってか、当時一緒に暮らしていたお兄様が一本のDVDを買ってきてくれました。その作品こそが、のちの人生を大きく変えることになる『ゴッドファーザー』でした。
『主演のアル・パチーノの演技に衝撃を受けて「俳優になりたい」って初めて思った瞬間でした。』
その衝動は冷めることなく、荒木さんは一念発起して劇団のオーディションに挑みます。そして見事合格。悶々としていた日々が嘘のように、人生が音を立てて動き始めた瞬間でした。整った顔立ちに加え、繊細さと力強さを併せ持つ表情豊かな表現力を武器に、荒木さんは数々の舞台で観客を魅了し続けてきました。現在では舞台にとどまらず、映画、ドラマ、声優、熊本弁の方言監修など、表現者としてのフィールドをさらに広げています。

舞台『トラベルモード』主役・エディ役
〇「まさか自分がマツケンサンバを」—想定外を楽しむ俳優人生
荒木さんの活動は多岐にわたります。近年では、松平健さんの芸能生活50周年記念公演『暴れん坊将軍』にお庭番役として出演。さらに、あのマツケンサンバ隊として舞台に立ち、テレビ番組にも登場するなど、役者人生は思いがけない広がりを見せています。
『俳優を始めて20数年、まさか自分が今、マツケンサンバを踊って、音楽番組『ミュージックステーション』に出演するなんて(笑)。俳優を始めた当時の自分が知ったら、さぞかし驚くでしょうね⁉太田さんもご存じかと思いますが、人生は思い通りにいかないものですよね。そんな時、意固地にならず、想定外の流れさえも柔軟に受け入れる姿勢が結構大事だと感じるんです。その先にこそ、想像だにしなかった面白い人生が待っていたりするんですよね⁉』

マツケンサンバの格好をしている写真
〇外に出たから見えた故郷の力。天草で「新しいエンターテインメント」をつくる夢
そして今、荒木さんの眼差しは故郷・天草へと注がれています。東京を拠点に、舞台を中心として20年以上活動してきた日々。その中で、同級生を通じて再び上天草との縁がつながりました。こども園への訪問、開校150周年を迎えた母校・今津小学校と中学校での講演、地域の方々との交流。そうした時間を重ねるうちに、荒木さんの中でひとつの思いが少しずつ輪郭を帯びていきました。
『自然の豊かさはもちろんですが、洗練されたリゾート地としての雰囲気と、昔ながらの田舎の営みが混ざり合うこの土地は、「宝の宝庫」だと思うんです。ポテンシャルの高さを改めて感じます。いつの日か、ここに暮らす人々と新しいエンターテインメントを作りたいんです。残念ながら、この地域には舞台に触れる機会が滅多にありません。何でも手に入ると言われている今の時代、唯一手に入らないのが“文化”なんです。この地域で、舞台やお芝居といった芸術や文化がもっと身近な存在となるようなお手伝いができればと考えています。』
今年、開通60年を迎える天草五橋。その歴史になぞらえるように、荒木さんはインタビューの締めくくりに、こんな言葉を残しました。
『この地域って何か得体の知れないパワーを秘めた場所だと思うんです。だって当時誰もが無理だと思っていた夢のかけ橋を実現した地域なんですから。きっとこれからまたこの地域ががらっと変わる気がしています。』
思い通りにいかなかったバスケットボールの日々。一本の映画との出会い。舞台に立ち続ける中で訪れた、いくつもの想定外。そして外に出たからこそ見えてきた故郷の輝き。豊かな自然に育まれ、人に恵まれながら歩んできた荒木健太郎さんは今、原点である天草への恩返しを模索しています。人生は思い通りにいかない。だからこそ面白い。その言葉を体現する様にアラケンさんの物語はこれからも続いていきます。

【荒木健太郎さん次回出演情報】
松平健×コロッケ45周年特別公演『暴れん坊将軍2 狙われた将軍』
2026年9月15日(火)~30日(水)東京・明治座
2026年10月18日(日)~11月5日(木)大阪・新歌舞伎座
2027年1月10日(日)~16日(土)名古屋・御園座

明治座9月公演「暴れん坊将軍2」のチラシ表

明治座9月公演「暴れん坊将軍2」のチラシ裏

明治座9月公演『暴れん坊将軍2』御庭番・影丸役
【荒木健太郎公式SNS】

荒木健太郎オフィシャルサイト https://dog-day-afternoon.net/index.html
荒木健太郎公式X @borntobemild825
荒木健太郎Instagram @borntobemild825
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