かたりばvol.7『記録的豪雨から一か月。住み慣れたふるさとが大きく傷ついたあの日。でも私たちは負けない。絶対に諦めません。また夢を描けるそんな輝く未来を信じて。』

声を掛け合って災害ゴミの搬出作業に励む松島総合センターアロマの皆さん
取材🎤 文章💻 写真📸:太田弘樹(一部写真はご提供いただきました)
〇深く傷つき心に刻まれた2025年8月11日の豪雨水害
その日は突然やってきました。前日から降り続く大雨が朝方にはさらに激しさを増し、ふるさとを襲いました。住み慣れた家が、馴染みのお店が、公園が、街並みが一瞬にして水にのみ込まれてしまいました。目の前の道路が川の様になり、やがて濁流と化して、容赦なく建物の中にまで入り込んできました。ある人は二階へ避難し家族で身を寄せ合い、ある人は家の中で一番高い位置となるバスタブの淵に立って壁につかまり、押し寄せる水に浸かりながら必死に耐え忍んだそうです。山の斜面が崩れ、川をえぐり、田畑や町を襲いました。それはあっという間の出来事でした。やがて雨がやみ、水が引いた数時間後、おそるおそる外に出て見た目の前に広がる惨状にわが目を疑い、言葉を失いました。大切にしていた思い出の品さえ泥水に浸かり、なにから手を付けていいのかわからずただ呆然と立ちつくしたあの日。むせ返すような暑さの中、その泥水に汚れた品々をただ黙々と家族で片付けながら虚しくなり泣きたくなりました。今なおその大変さの中にいる方々がたくさんいらっしゃいます。2025年8月は私たちにとって決して忘れることができない、深く傷ついた記憶として心に刻まれています。


今回の上天草市を襲った記録的豪雨について
・1時間あたりおよそ110ミリの猛烈な降雨を観測(記録的短時間大雨)。
・床上と床下合わせて619戸で浸水被害を確認。小中学校9校も被害(8月28日時点)。
・土砂崩れ150ヶ所
でもわたしたちは負けない。絶対に諦めません。また夢を描けるそんな輝く未来を信じて。
この辛く大変な悲しみを乗り越えて、私たちは、そしてふるさとはきっと更にパワーアップして立ち上がります。今はまだつらく光さえ届かない暗闇の中でもがき苦しんでいますが、わたしたちは負けません。絶対に諦めません。みんなで手を取り合って、一歩一歩力強く歩んでいきます。またみんなが夢を描ける明るい未来を信じて!今回は記録的豪雨から一か月。傷つきながらも前を向いて復興の道を歩み始めている松島町地区の皆さんを中心に、当時の状況や今後についてお話を伺ってきました。
〇皆様のお陰で水害から二日後にお店を再開。感謝の気持ちを込めて営業中。浅畑鮮魚店 浅畑和哉さん・廣美さんご夫婦

創業62年の浅畑鮮魚店のキャッチコピーは、「泳いでいる魚を売る店」。毎日新鮮でイキの良い魚介類を取り揃える、刺身の盛り付けも抜群な地元に愛されている鮮魚店です。一見寡黙ながらも魚の目利きがピカイチな職人肌のご主人・和哉さんと明るく笑顔が素敵な奥さんの廣美さん。2代目の和哉さんは、その日も朝6時から調理場に立ち、営業に向け準備されていたと言います。
「気づいたらどんどん店内に水が入ってきて。対策する暇もなくほんとあっという間でした。」
床上120cm、胸元くらいまで水が押し寄せたといいます。店内の器材は全て水に浸かり、お盆を控えた時期という事でたくさんの注文をもらっていたため、いつもよりも多めに仕入れていましたが、それも全てダメになったそうです。その総被害額は1000万円以上と言われています。
「自然が相手だから、こればっかりはしょんなかです。悔しか気持ちはあるばんてんですね。ばってんうちは多くの人が手伝いに来てくれて、水害から二日後にお店ば再開することができました。ほんと感謝の気持ちでいっぱいです。気持ち的にも救われて考え方も前向きになれました。」
かつての半分ほどのスペースで営業を再開した浅畑鮮魚店。修理して動いてはいるものの器材類がいつ壊れてもおかしくない不安な状況での営業だそうで、接客担当の廣美さんがこんなお話をされました。
「お店の裏に住んでいた常連さん家も被災して、今、誰も住んどらっさんとですよ。この前、来なはったお客さんは旬のサンマを見て『食べたかばってん。サンマを焼く所も、座って食べるところもなか』って、寂しそうに言われてですね。なんかつらかですよね。」
お客さんの現状や今の町の様子に心を痛めていらっしゃる浅畑さんご夫婦。営業再開はできたものの、今後のことを考えるとやはり不安がよぎることも多いと言いますが、最後にこんなお話をされました。
「皆さんのお陰で今があります。感謝の気持ちでいっぱいです。そんな皆さんの気持ちを受け止めてこの町の人たちが望むようなお店にしたいし、この地域にとって勇気や希望となるようなお店としてこれから前を向いて頑張っていきたいと思ってます。一歩一歩、できることからやっていきます。」
そう力強い言葉で今後についてお話しされた優しい眼差しの和哉さんと笑顔が素敵な廣美さんご夫婦。新鮮な魚が並び、たくさんのお客さんの笑顔でかつてのように店内が賑わうその日まで、お二人の挑戦はこれからも続きます。
現在、浅畑鮮魚店では本格的な再開に向けてクラウドファンディングを実施していらっしゃいます。皆様のご支援、どうぞよろしくお願いいたします。詳細はこちらから👇
【上天草豪雨】泥水で全浸水。62年続く実家の鮮魚店を再建したい!(浅畑りほ 2025/08/22 公開) - クラウドファンディング READYFOR

水害当時の様子

再開後の店内

浅畑鮮魚店の外にはまだ流れ着いた流木などがあります
〇奈良から50㏄バイクで駆けつけてくれたボランティアも。涙が出るほどありがたかった。フローリストモリ 森和幸さん・たみよさんご夫婦

「他のところに比べればね、うちはまだ全然よか方よ。阿村の弘樹くんちは大丈夫だった?」
突然訪ねたにもかかわらず、開口一番、私の心配をして下さいました奥さんのたみよさん。松島町の国道沿いにお店を構えるお花屋さん「フローリストモリ」。お隣にはクリーニング店も併設され、気さくで話しやすいご夫婦の森和幸さん・たみよさんがいつも笑顔で出迎えてくれるお店です。そんな森さんのところも床上50㎝まで浸水。店内はもちろん地下の倉庫に置いていたお花のスタンド、陶器、ラッピング類などを始めとした備品が全部ダメになったそうです。
「浸水に気づいて、まずは急いでお客さんから預かっているクリーニングの洋服を全部2階に上げて。その後、初盆用の注文のお花だけでもあの時間帯でなんとか移動できて良かったです。」
店舗をはじめ、車、冷蔵庫、冷凍庫、お花屋やクリーニング店で必要な道具類が泥水に浸かってしまい、被害の大きさに言葉を失ったあの日。お店の再開まで何か月かかるのだろうかと途方に暮れていたと言います。
「まずはめいっこおいっこが家族全員でうちに手伝いに来てくれました。その後はその仲間8人組が4トントラック持参で1週間かけて片付けや災害ゴミの運び出しをやってくれました。菊池の商工会青年部も来てくださったし。奈良から50㏄のバイクに乗ってわざわざボランティアに駆けつけて下さった方もいらっしゃってですね。ほんと涙が出るほど嬉しかったし、その気持ちがとてもありがたかったです。感謝しかないです。」
そんないろんな方々の協力を経て、水害から10日後にお店を再開することができたそうです。
「本当に皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。その作業する姿や気持ちに心まで救ってもらいました。ありがたいです。これからまだしばらくはお店の営業をしながら、それ以外の片づけをボチボチ頑張ります。」
そう話すご夫婦の笑顔は、店内のお花の様に輝いて見えました。くれぐれも無理なさいませんように。

浸水被害で処分する事になったお店の備品(一部)

きれいなお花で溢れる店内

松島町の国道沿いにあるフローリストモリ
〇再開を望む地元の皆さんの温かい言葉が私たちの今の原動力になっています。お食事処「千晴」 深井又助さん・美千代さんご夫婦 息子さん・貴照さん

阿村地区で唯一のお食事処「千晴」。創業は50年以上、筆者の同級生のご両親や息子さんが営むお店という事で個人的にも思い入れのあるお食事処です。そんな「千晴」が今回の豪雨で大きな被害を受けて、現在は営業ができない状況となっています。床上70㎝以上、ガスコンロもエアコンの室外機もすっぽりと泥水に浸かり、食材を入れる大きな冷蔵庫は水の勢いで倒れて、厨房は物が散乱しぐちゃぐちゃだったと言います。
「最初にお店の中の様子ば見て涙がでてきました。何十年もやった店が一瞬にしてこがんなってしもうて。もう悲しゅうて悲しゅうて、あと片づけしながら涙が止まらんでですね。一度はお店を辞めようかと思ったです。」
又助さんが82歳、美千代さんが79歳。息子にお店を任せて、引退しようと思っていた矢先のことでした。片付け作業には、子供さん家族をはじめ、地域の人々や業者の方など、多くの皆さんが手伝ってくれて本当に心強かったそうです。
「『お店やめんでね、待っとるけんね』って。みんなが心配して声かけてくれて。改めて地域に必要とされていたお店だったんだなぁと気づかされました。もうその言葉が私たちにとっては、ほんと温かくて嬉しかったです。また一から始めないかんなぁと今は思っています。弘樹くんに会ってやる気も出たしね(笑)うまく行けば9月末には再開予定かなぁ。そん時はまた来てね⁉」
もちろんですとも深井さん。お店が再開する話を聞いて私自身も本当に嬉しかったんですから。友達とお酒を飲んだ座敷もランチを食べたテーブル席も全て泥水に浸かり、当時の面影がなくなってしまっていましたが、深井さんたちお三方の元気なお姿が拝見できて本当になによりです。再開を楽しみにしています。

水害当時の様子

水害後の店内の様子

千晴 早ければ9月末に再開予定です
〇『助けて』と声を上げられない被災者がまだまだ数多くいらっしゃいます。上天草市災害ボランティアセンター

最後に、上天草市の災害ボランティアセンターを訪ねました。8月18日の開設直後は要請件数に対してのマンパワーが足りず試行錯誤の日々が続いたそうですが、災害から一か月が経とうとしている現在は、また別の問題が浮き彫りになっているようです。
「ボランティアに来て下さった方々が口を揃えて言われたことがあります。上天草の人はなるべく自分達でやろうとして、『助けて』とか『手伝って下さい』って言えないような感じの人が多い気がするというお話をされました。それを聞いてハッとしました。一人暮らしの高齢者やご近所付き合いがあまり得意ではない人々が声を上げられず困っている状況にあるということ。つい先日伺った床上浸水したお宅は、まだタンスの引き出しには泥水が入っていたし、畳からキノコが生えていた状態。なかなか声を上げれなく今のタイミングになってしまったようです。」
聞けば、これから一週間は助けを必要としている方々のニーズの掘り起こしをするために地域をくまなく回り、今月いっぱいまでには市内全域の困っている方へ手を差し伸べられるような活動に取り組まれるそうです。ここでスタッフとして活動している親戚の姪っ子は災害直後から体重が2~3㎏減ったと言います。しかしながら大変な想いをしている被災者が一人もいなくなるまで、みんなで頑張るからって笑顔で私に話してくれました。本当に頭が下がる想いです。こんな縁の下の力持ちみたいな人たちがたくさんいらっしゃるのでしょうね⁉

災害ボランティアセンターに飾られた絆の文字

今回の豪雨水害で私たちのふるさとが、建物が、街並みが大きな被害を受け、人々の心につらい記憶として刻まれました。今回記事として紹介したものはまさに氷山の一角で、まだまだ大変な想いをされている方がたくさんいらっしゃるということを私たちは忘れてはいけません。さらに熊本県内に広げるともっと状況は深刻のはず。
災害ゴミ収集所でお会いした内野河内で農業を営む竹崎さんは田畑のあぜが崩壊したため来年以降の作物の収量が減少することを懸念されていましたし、巨大石仏を制作されている大島さんはこの度の水害で完成が一年延びて2027年となってしまったとおっしゃいました。山が崩れ、川をえぐり、道路を寸断して、未だ手つかずのところもあるといいます。被災者の中には雨が降ると当時を思い出し、怖くて息苦しさを感じる方もいらっしゃいます。ふるさとはまだそんな光さえ届かない暗闇の中にいます。
でも何度でも言います。私たちは負けません。決してあきらめません。
どんなにつらくても、夢を描ける輝く未来を信じて、みんなで共に歩み続けます。
復興の灯を照らしながら。
報告:太田弘樹

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