貴久春寿し 上天草市『90歳、今日も厨房に立つ ― およそ7坪から始まった貴久春寿しを半世紀以上営み続ける釜元さんご夫婦の軌跡 ―釜元喜久男さん90歳・陽子さん82歳。』かたりばvol.34

取材🎤文章💻撮影📸:太田弘樹

〇この場所にお店を構えて45年。天草2号橋の手前で今日も元気に営業中の「貴久春寿し」。
上天草市大矢野町。国道266号線を松島方面へ車を走らせていると、天草2号橋手前の左側に見えてくる純和風の建物こそが、今回ご紹介する『貴久春寿し』です。この場所にお店を構えて45年、寿司屋であり、ラーメン店であり、民宿でもあるという三つの顔を持つこの店を営むのが、御年90歳の釜元喜久男さんと82歳の陽子さん。観光客や地元の方々に長年愛され続ける上天草のレジェント的な飲食店です。今回のかたりばは結婚62年、「貴久春寿し」という屋号を半世紀以上に渡って夫婦二人三脚で守り続ける釜元さんご夫婦にお話をお伺いしました。



〇「板子一枚下は地獄」 ― 海の上で見つけた料理人になるという夢。
上天草生まれの喜久男さん。わずか1歳の時に、父親が戦死され、随分と苦労されたようです。
『母親は女手ひとつで必死になって働いて私を育ててくれました。そんな私達家族に優しく手を差し伸べてくれた祖父母や親戚の皆さん。ほんと皆さんのおかげで、今の私があるんです。』
そう感謝の気持ち繰り返し言葉にする喜久男さん。戦後の厳しい貧しさの中でも、母親と過ごした故郷で感じた“温もりの記憶”が、90歳になった今でも原点としてあるようです。中学を卒業後、親戚が営む船会社で船乗りに。貨物船で大阪へ荷物を運ぶ日々が5年半続きました。小さな船で荒波に揉まれる中、「板子一枚下は地獄」という諺が胸に重く響く喜久男さん。何か別の道はないか?暗中模索します。
『大阪の食べ物が美味しくてですね。港で荷物を下ろすと街に出てよく食べ歩いていました。「手に職をつけて料理人になりたい」という気持ちが強くなってきて、覚悟を決めこの世界へと飛び込みました。』
食い倒れの街・大阪で出会った豊かな食文化に心を奪われ、歩み始めた料理人としての道。喜久男さん20歳の頃でした。今と違って過酷だった修行時代。誰も手取り足取り教えてはくれない。仕事中に師匠や先輩方の働く姿を目で見て盗み、休みの日には自腹で食材を買って、ひとり実践する日々。気がつけば約10年、15軒以上の飲食店を渡り歩いて修業を積んだそうです。
『時間はかかりましたけど、お陰様でこの年まで仕事を続けられる基礎が身につきました。いろんなお店や師匠の下で身につけた技術や接客は、料理人の私にとっての一番の財産ですね。』

〇7坪から始まった「貴久春寿し」。 豪傑な夫を支えた陽子さんの覚悟。

修業を終え、「自分の店を持ちたい」と考えた喜久男さん。しかし大阪で店を出すにしても地代が高く、先輩や知り合いと競合になってしまうのも本意ではないと思い、大阪での出店を諦めたと言います。
『大都市で自分の腕をふるって挑戦してみたかったし、何よりも天草でひとり暮らす母親の近くで仕事したいなと思って、福岡での出店を決めました。最初はたった七坪の小さいお店からスタートでした。』
屋号は今と同じ「貴久春寿し」、借金300万円からのスタートだったと言います。関西仕込みの確かな腕前とそのおもてなしは瞬く間に評判となり、その4年後には40坪・2階建ての宴会場付きの店舗へと成長。気がつけば福岡の政財界の人々も足しげく通う人気店になっていたそうです。

陽子さんとはお見合い結婚、今年62年を迎えるそうです。結婚するまで手すら握らなかったという反面、「宵越しの金は持たない主義」で仕事終わりに毎晩飲み歩き、朝帰りする生活を送っていた喜久男さん。「こんな自分でいいか?」と正直に伝え、了承を得ての結婚。その後も豪快な生活は続き、夜遅く飲み仲間を男女関係なく家に連れ帰り、そのまま泊めることも多々あったとか。気がつけば奥さんの方が仲良くなっていたというから面白い(笑)。当時の仲間とは連絡を取り合い、今でもわざわざ天草まで会いに来てくれる方もいるとか。豪傑な夫を支えた、陽子さんの覚悟が垣間見えるエピソードです。現在もそっと喜久男さんの一歩後ろに立ち、笑顔で接客されるそのお姿が実に印象的です。

順風満帆を手放して故郷へ。料理に込めた90年分の想い。

繁盛していた福岡での経営。それでもふと頭をよぎるのは、ひとり残してきた母親のことでした。「一緒に暮らして親孝行をしたい」。その想いが勝り、上天草への帰郷を決意します。喜久男さん45歳の時でした。寿司屋として再出発し、観光客向けに民宿も併設。1993年には家族連れでも利用しやすい雰囲気にしたいとラーメン店を開業しました。定番のトンコツをはじめ、みそ・塩・醤油味などこれまでの和食料理人としての技術や経験を活かした多彩なメニューを揃え、幅広い世代に好まれるラーメン店となっています。
『実はもともと幼い頃、食べ物の好き嫌いが多くて病気がちだったんです。仕事を始めて何でも食べるようになって身体が強くなり、90歳の今でも基本病気知らず。食べ物ってほんと大事なんですよね。』
「食べ物が体を作る」――この信念のもと、食材にこだわり、手間暇を惜しまず料理に向き合う喜久男さん。妥協のない仕事ぶりこそが62年連れ添う夫婦の長寿と、お店の長寿の秘訣なのかも知れません。

〇「無理せず、でけたしこ」 ― 生涯現役でお客様の笑顔のために。
戦後の厳しい時代を生き抜き、船乗りから料理人へと自らの力で道を切り拓いてきた釜元喜久男さん。その傍らには豪快な夫を静かに支え続けた陽子さんの存在がありました。結婚62年、お互いを思いやりながら積み重ねてきたその時間は、お店の味にも、接客の温かさにも確かに息づいている様に感じました。わずか七坪の小さな寿司店から始まった「貴久春寿し」の歴史。90歳となった今も厨房に立ち、お客様の笑顔のために料理を作り続けるその姿は、働くことの尊さや生きることの力強さを教えてくれます。「無理せず、でけたしこ」。その言葉の奥には、半世紀以上を夫婦二人三脚で歩んできた人生の深みと、夜の海を照らすあの優しい灯台の灯りの様にも私は感じました。これからも応援しています(^^♪


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施設・飲食店名 | 貴久春寿し(寿司・ラーメン・宿泊) |
|---|---|
住所 | 上天草市大矢野町中4470-4 |
電話番号 | 0964-59-0075 |
営業時間 | ランチ11:00~14:00(L.O 13:30)ディナー17:00~1:00(L.O 0:30) |
定休日 | 火曜日 |
備考 | 宿泊についてはお問い合わせください |
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