永木造船鉄工所 上天草『海とともに134年。海運業が盛んな”船所(ふなどころ)天草”の造船所後継者として未来を託された永木兄弟の覚悟。株式会社永木造船鉄工所 永木聖真さん・大夢さん。』私のシゴトバvol.21

取材🎤文章💻撮影📸:太田弘樹(一部写真はご提供いただきました)

〇明治25年創業。海とともに歩む134年の歴史を誇る「永木造船鉄工所」
上天草市松島町阿村。穏やかな阿村湾に面した造船所内には静かに横たわる船の姿がありました。その傍らで、火花を散らしながら溶接し、色を塗り替え、点検・整備を終え、再び海へと送り出す男たちがいます。株式会社永木造船鉄工所は、明治25年(1892年)の創業以来、134年にわたって海を航海する船舶の安全を支えてきました。従業員およそ20名。船舶の新造から修理、検査工事、沖修理、さらには海洋構造物や鉄構工事まで幅広く手がける、海運業が盛んな天草地域に根ざした造船所です。阿村湾に面した最大499トンを収容できる永木造船鉄工所や浮ドック、姫戸町姫浦には上天草ドックを構えます。今回の「私のシゴトバ」は、その歴史ある造船所の次代を担う永木聖真(しょうま)さん26歳と、大夢(ひろむ)さん24歳の兄弟をご紹介。父であり代表を務める永木秀人さんの背中を見つめながら、それぞれの立場で家業の未来を考え始めています。




〇内定3つを蹴って継いだ家業 ──兄・聖真さんの覚悟

取材に訪れたこの日は、龍ヶ岳町の会社が所有する船が造船所内に静かに身を横たえていました。一般的にドックに入る期間は概ね一週間程度。船底の確認、鋼板の補修、塗装、機械まわりの整備など、船の状態に応じて作業内容は毎回変わります。傷んだ鉄板をガスで切り取り、新しい鋼板を溶接する。ときには船底まで潜り込み、普段は見えない場所まで確かめる。やがて船はピカピカに生まれ変わって、再び海へと帰っていく。その現場で先陣切って作業に励むのが取締役として働く兄の聖真さん26歳です。長崎総合科学大学附属高校を経て山口の大学で経済を学び、就職活動では三つの内定を得ました。それでも最後に選んだのは、幼い頃から見てきた家業でした。
『跡を継ぎたいという想いよりも、小さい頃から見ていた仕事で、なんとなく憧れがあったのかも知れませんね。やりがいを感じる時ですか?船によって作業がまるで違うんです。その面白さはありますよね。最後にお客様から『キレイになった、ありがとう。』って言われる時が一番うれしい瞬間なんです。』

造船所の仕事は、同じ作業の繰り返しではありません。船の大きさも、用途も、傷み方も違う。限られた時間の中で原因を見極め、段取りを組み、仲間と連携しながら仕上げていく。適切な判断力と技術が物を言う世界に身を置く聖真さんからは確かな手応えが伝わってきます。その一方で、現在、造船業界全体では慢性的な人材不足が続いています。だからこそ地元小学校の見学受け入れや講演、海技学院の実習受け入れなどを通じて、まずはこの仕事を知ってもらうことが大切だと考えています。
『きつい仕事だから選択肢に入りにくいし、そもそもこの仕事自体を知らない人も多い。若い世代にどんどん飛び込んできてほしいですね。弟と一緒に、この永木造船を盛り上げていきたいと思います。』
ベテラン社員に比べると経験年数はまだ短かめではありますが、聖真さんのとにかく勉強熱心で何事にもトライする姿勢や、細やかで的確な仕事ぶりはスタッフみんなから一目置かれる頼もしい存在です。
〇背中を追いかけて。「初めてだらけ」の現場 ─弟・大夢さんの手応え。

弟の大夢さん24歳。熊本市内の高校に進学し、大学では情報通信学を専攻。プログラミングを学んだのち、卒業後に家業である永木造船鉄工所へ入社しました。
『小さい頃は、正直この仕事に就くということは考えてもいませんでした(笑)。就職してゼロからのスタート。初めてのことだらけでしたが、先に仕事をしていた兄の存在が本当に心強かったですね。』
と当時を振り返りながら笑う大夢さん。造船所の現場は「初めてだらけ」でした。鉄板を切ることも、溶接することも、船の構造を覚えることも、全てがゼロからのスタート。それでも既に現場で働いていた兄の存在は大きな支えになりました。入社後の2年間は現場に立ち、職人たちとともに汗を流しながら造船所の仕事を体で覚えてきました。そして今年5月からは事務所での業務を担当。見積もりや段取り、社内外との調整など、現場を動かすための裏側にも関わるようになり、家業の全体像が少しずつ見えてきた現在、改めて父親の存在の大きさに気づいたと言います。
『一緒に働いて初めてその偉大さを知りました。人としても尊敬するし、今はまだ真似できませんね。』

〇世界的な受注ブームの裏で ─地方の造船所を襲う人材難。
永木兄弟が向き合うのは、自分たちの会社だけの課題ではありません。世界の造船市場は環境対応船や船体更新の需要が高まり、受注も高い水準にありますが、日本の造船業界は人材不足や設備更新の遅れという構造的な課題に直面しています。大手造船所でも労働力の確保が難しく、地方の中小造船所ではなおさら熟練技術の継承と若手人材の確保が切実なテーマとなっています。船は一隻ごとに条件が違い、現場判断が多い仕事。だからこそ最後にものを言うのは、「人の経験と技術」だと言います。
『この業界は人が減っていくばかりで、高齢化も進んでいます。20年、30年と続けていくことを考えれば、人材の育成と確保という問題への早急な対応が欠かせません。』




〇次の100年へ─海を守り、次の未来へとつなぐ永木兄弟の挑戦。
明治から令和、そして次の時代へ。永木造船鉄工所が歩んできた134年の歴史は、海とともに生きてきたこの天草地域の営みそのもののように感じます。どんなに厳しい環境の中でも父親の背中を見つめ、それぞれの場所で励み学びながら、少しずつ造船業界の未来へと舵をきろうとしている若き永木兄弟。造船業界の荒波の中で、若い兄弟が受け継ごうとしているのは、会社の看板だけではありません。船を直すことは、海で働く人々の暮らしを支えること。またそれはすなわちこの地域の産業を守ることでもありますし、次の世代へ“この地域に息づく技術と誇りをつないでいくこと”にもなります。永木兄弟のこれからの航海に、心からのエールを送ります(^^♪




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